建物のLCM

建物のLCM

建物を購入する際には建設費などの初期投資額と建物の良し悪しの関係で決定することが多いと思われるが、建物の長期使用を前提にすれば初期投資額(イニシャルコスト)よりも運用・管理の費用(ランニングコスト)がかかる可能性が高い。そこで今回は建物の生涯(ライフサイクル)から長寿命化の意味を考えていきたい。

建物の建設時には、多くの資材・エネルギーそして時間が投入される。建物が完成すると直ぐに販売が行われ、購入者はその建物のイニシャルコストを苦労して集め所有する。しかしイニシャルコストはよく氷山の一角に例えられるように建物にかかる費用の一部でしかない。建物の建設から解体までを建物のライフサイクルと見なせば建設活動は出産活動であり、まだ生まれたばかりの新築建物には様々な運命が待ち受けている。

そのため一旦建物を所有してしまうと、今度はイニシャルコストよりも継続的なランニングコストが問題になる。どんなにすばらしい建物でも、ランニングコストが高いとその建物を長期間維持するのは次第に困難になる。また年数が経つにつれて設備効率の低下などが進行するため建物のランニングコストは次第に高くなる傾向がある。なおBELCA※1の試算によると、延床面積5700㎡の事務所ビルのLCC40年では建設費が占める割合は24.4%だがLCC100年だと13.6%に減少する。一方修繕費・更新費・保全費・運用費を合わせた金額は54.7%から68.2%に増加する(文献2)。

実際に建物を長期間使用していると、建物のライフサイクル全体に投入される資源量(LCR)・エネルギー量(LCE)や費用(LCC)が想定される使用年数の間に膨大な量になってしまうこと、また建物の物理的・社会的な劣化により増大していくこと、などの問題を抱えることになる。また環境の観点から建物のライフサイクル全体で発生するCO2(LCCO2)の増加は地球の温暖化を促進させる可能性が問題視されている。

ランニングコストが負担になるにつれて、古い建物を使い続けるよりも建て直しが方が費用的にも満足度が高く地球環境にも負荷を与えないと考えがちである。確かに近年の建築関連技術の進歩は目覚しいため一般的には新しい建物ほど見た目も性能も良く、しかも省エネルギー・省資源化が進んでいる。近年では環境への負荷を低減する設計・技術が浸透したこともあり、特に空調や照明にかかるランニングコストは一昔前に比べて格段に削減されている。しかし本当に建て替えという選択は費用的にも環境的にも良いのだろうか。

そこで建物のライフサイクル全体で環境に与える負荷評価するライフサイクルアセスメント(LCA)※2、そしてLCR・LCE・LCCなどを管理するライフサイクルマネジメント(LCM)という概念が注目される。建物のライフサイクル全体の収支で環境負荷や資源・エネルギー・費用を管理することで、実態に合った評価が可能となる。

同じ用途や使用期間で見れば、LCAやLCMは古い建物より新しい建物の方が評価が高いかもしれないが、建物を建て替えて新しい建物にした方が同じ期間使い続けるよりLCAやLCMの評価は高くなるだろうか。実は建物によってLCR・LCE・LCCなどが異なるためLCAやLCMは個々の条件に合わせて評価する必要があり、一概にどちらが良いとは言えない。しかし基本的には使い続けた方が建て替えるよりもLCAやLCMの評価は高くなると考えられる。例えばLCCの観点から見ると、使い続けることによるランニングコストの上昇を考慮しても、新しく建て替えることによる解体費や建設費はランニングコストの減少だけでは賄いきれない場合が多い。少なくとも一般的な建物では30年程度で建て替えを行うと、建て替えを行わない場合に比べてLCCは割高になる。もちろんLCR・LCE・LCCO2も同様の傾向を示すため、LCAやLCMの評価は低い結果になるだろう。

建物のスクラップ&ビルドはLCAやLCMから見ても今後減らす必要があるのは明らかである。そのため既存の建物を建て替えを検討する際には、どれだけ環境に配慮した建物を計画していても、資源やエネルギーを浪費し、必要以上の費用がかかり、そしてCO2排出量は増える可能性が高いことを十分理解する必要がある。今後は建て替えではなく積極的な大規模改修や用途変更などで要求性能を確保する努力がこれまで以上に求められるだろう。

※1 社団法人建築・設備維持保全推進協会
※2 LCAでは実施目的と範囲を明確にした後、インベントリー(物質収支)分析によるインパクト(影響)評価を行うことになる。

<参考文献>
1.「時間・建築・環境」ライフサイクルマネジメント基本問題特別研究委員会報告書/日本建築学会/1998
2.「建築のライフサイクルと維持保全」BELCA/2007