統計資料の不足

統計資料の不足

建物の実態に関する統計資料は寿命を把握するためにも不可欠だが、すでに指摘したように日本ではあまり整備されていない状況である。今回は統計資料の実態について明らかにしたい。

建物の寿命を算出するためには、建物がいつ建てられ(建設時期)、そしていつ壊されたか(除却時期)を把握する必要がある。建物の建設時期および除却時期が把握できる統計資料としては、一般的には国土交通省(総合政策局情報管理部建設統計室)が管理している建築動態統計調査が用いられる。建築動態統計調査には大きく分けると全国における建築物の着工状況※1を建築主・構造・用途等に分類して把握する建築着工統計調査と、全国の建築物のうち老朽・増改築等により除却される建築物の状況※2を用途・構造等に分類して把握する建築物滅失統計調査がある。なお建築着工統計調査には住宅に特化した住宅着工統計と、工事実施額と工事費予定額との乖離を明らかにする工事補正調査、建築物滅失統計調査には火災・風水災・震災等により失われた建築物の状況を把握する建築物災害統計が含まれる。しかしこれらの調査にはいくつか問題がある。

例えば着工統計は建物を建設する前に役所に提出する建築工事届による調査であるため、実際に建設された建物ではない。建築工事届を出さなければ建物を建設できないため本来は着工棟数と建設棟数は同じはずだが、実際は建築工事届を提出していない建物や建設されない建物などがあるため着工統計では全ての建物を把握できていない。大阪での調査結果によると、1990年以前には着工棟数と実際の建設棟数に誤差があると考えられる(文献2)ことからも、着工統計では特に古い時代に建設した建物の実態を把握しきれていない可能性が高い。ただし全国で着工される全建物の調査結果を一般に公開されている資料は他にないため、建物の実態を把握するためには不可欠な統計資料である。

しかし着工統計よりも問題があるのは滅失統計である。滅失統計も着工統計と同様に建築物の除却工事施工者が建築物を除却しようとする際に役所に提出する建築物除却届を基にした調査であるため、実際に滅失した建物ではない。しかも滅失統計が着工統計より問題なのは、建築工事届に比べてほとんど拘束力がないため建築物除却届を出さずに建物を取り壊している建物が多いことである。そのため滅失統計では実際に除却された全建物を把握することはできない。つまり建物の滅失の実態を把握できる一般的な統計資料は基本的にない状況である。

このように建築動態統計調査では、建設時期や除却時期について実態を詳細に把握するには不十分であり、そのままでは寿命を算出する資料として使えない。しかし建築動態統計調査以外に全国的な統計調査がないため、資料としての不備を承知の上で寿命の計算に用いるか、何らかの補正を行って寿命の計算に用いることになる。どちらにしても算出結果の精度は低くなってしまう※3。

建物は社会を構成する重要な資産であり、その建設時期や除却時期という基本的な情報が把握できない現状は問題である。そこで現状の統計資料不足を打開する2つの制度改革を提案したい。1つは工事着工届ではなく工事完了届けによる建築着工統計調査と、着工統計と連動した建築物所却届制度に改めて建築物滅失統計調査を行うことである。もう1つは総務省が管轄している固定資産台帳と連動した制度に改め建設・滅失調査を行うことである。どちらも簡単には実現できない案であるが、今後のストック社会に向けた具体的な対策として、ぜひ関連省庁には検討していただきたい。

※1 建築物の数・床面積の合計・工事費予定額
※2 建築物の数・戸数・床面積の合計・建築物の評価額
※3 この状況は既存住宅の流通量についても同様で、直接実数が把握できる統計資料が存在しない。「既存住宅の流通」(2月24日エントリー)参照のこと。

<参考文献>
1.「建築動態統計調査」国交省HP http://www.mlit.go.jp/toukeijouhou/chojou/gaiyou/gai_kent.htm
2.「1980年以降における木造専用住宅の寿命の推移」堤洋樹・小松幸夫/日本建築学会計画系論文集/580号/pp.169-174/2004