建物の寿命を算出するために不可欠なデータは固定資産課税台帳を用いることで解消されたので、ここでは具体的に平均寿命を算出する方法について明らかにしたい。
人間における平均寿命の算出には国勢調査の人口動態統計を基に算出された生命表(厚生労働省発表)により求められる。しかし建物における平均寿命の算出を人間同様に固定資産課税台帳を基に生命表を適用するには問題がある※1ため、1980年代に加藤・小松らにより信頼性工学を適用した算出手法の検討が行われた。その手法と検討の経緯については加藤・小松らの論文を経年で追いかけるとよく分かるが、現在では建物の平均寿命をカプラン・マイアー法を適用して算出する「区間残存率推計法」が確立している(文献1)。
信頼性工学では時間と故障発生の関係を解析・推計する方法が研究されている。元々1940年代に米国のレーダーシステムの開発の際にシステムの故障が多発したため、科学的な管理の手法が求められたことから信頼性工学が始まったと言われている。その後信頼性に対する認識と関心は次第に高まり、1960年代にはワイブル分布や指数分布などに関する統計的な研究が進んだ。同じ頃に自動車のリコール問題が社会問題になったこともあり、欠陥の未然防止を目的とする信頼性工学は広く注目を浴びた。1970年頃になると宇宙産業・自動車産業・電子産業などで信頼性工学が適用され、品質管理の必須技術となる。以下に信頼性工学を適用した「区間残存率推計法」による平均寿命の算出方法を説明していく。
ある対象が故障するまでの期間(完全データ)をその寿命だとすれば、その対象が壊れるまで見届けて初めて寿命が判明する。対象が複数であれば、一斉に故障するわけではないので全ての対象が故障した時点で初めてそれぞれの寿命が判明するが、完全データを用いると対象集団の故障率は(1)式で表すことができる。また対象集団が故障しない割合を残存率とすれば、対象集団の残存率は故障率を使って(2)式で表わされる。
(1) ある時点の故障率=ある時点までの故障数/全対象数
(2) ある時点の残存率=1-ある時点の故障率
なお一般的には対象集団の半数が故障するまでの期間を平均寿命とするので、平均寿命は(3)式で表わされる。平均寿命を算出し対象の違いによる比較を行えば、その対象の寿命の長さを検討することが可能になる。なお故障するまでの期間にある程度の「ばらつき」があるはずだが、これまでの研究によって同様の対象であればその「ばらつき」はワイブル分布や指数分布にほぼ当てはまることが明らかにされている。
(3) 平均寿命=(残存率=0.5)になる時点までの期間※2
しかし建物など壊されるまでの期間が長いものは、対象集団が全て壊されるまで観測することは基本的に無理である。そのため対象集団には壊される前に観測期間が過ぎてしまうもの(打切りデータ)が発生してしまうため、先ほどの方法では平均寿命を求めることができない。このように完全データと打切りデータが入り交じっているランダム打切りデータの場合、信頼性工学ではカプラン・マイアー法により残存率を求める※3。そこでカプラン・マイアー法を適用した平均寿命の算出の大まかな流れは以下の手順となる。
手順1 調査期間内の対象集団の全データを収集する。
手順2 全データを短いものから長いものへ順に並べ替える。
手順3 残存率と期間の関係から残存率曲線を求める。
手順4 残存率=0.5となる期間を求め、平均寿命とする。
以上の手順で平均寿命を算出することで、観測期間が短く打切りデータがある程度存在しても建物の平均寿命を推測することが可能となる。なおこの手法で求められた建物の平均寿命は人間の平均寿命と同じ意味を持ち、調査時点で建設される建物の平均余命だと考えて良い。固定資産課税台帳のデータに信頼性工学を適用した平均寿命の算出方法が確立したことで、人間同様に建物の平均寿命とその実態がようやく明らかになったのである。
※1 例えば建物の建設や除却は景気や政策などによる変動が大きいことなど。
※2 必ずしも残存率=0.5である必要はない。
※3 一般的にカプラン・マイアー法は市場品質調査の途中で行方不明などにより追跡不可能になった場合に用いられる。
<参考文献>
1.「建物寿命の年齢別データによる推計に関する基礎的考察」小松幸夫/日本建築学会計画系論文集/439号/pp.91-99/1992
2.「改訂版 信頼性工学入門」真壁肇編/日本規格協会/2007
3.「建築寿命の推定」小松幸夫/建築雑誌/Vol.117/pp.28-29/2002