1996年(平成8年)の建設白書に記載された「日本の住宅の平均寿命は26年」という報告は、住宅の寿命を研究している私たちを始め住宅関係者を驚かせた。その年数が私たちに与えた衝撃はとても大きく、この26年という年数は一気に建設業界を駆け抜け、広く一般に知られることになる。
日本の住宅の寿命は、建築時期別のストック統計から試算してみると、過去5年間に除却されたものの平均で約26年、現存住宅の「平均年齢」は約16年と推測されるが、アメリカの住宅については、「平均寿命」が約44年、「平均年齢」が約23年、イギリスの住宅については、「平均寿命」が約75年、「平均年齢」が約48年と推測され、日本の住宅のライフサイクルは非常に短いものとなっている。
この理由は、日本は戦後急速に住宅ストックを充実させてきている中途の段階にあることや、そもそも住宅ストックの質の低さ、リフォームのしにくさ、或いは使い捨てのライフスタイルに合わせて住宅も建て替えにより対応していることなどが考えられる。このように日本の既存住宅流通量は新築に比べて少なく、大量建設・大量廃棄の構造になっている。これはGDPを押し上げるかもしれないが、良質なストック形成が行われないまま、住み替え需要に的確に応じられず、住生活の充実にコストと手間暇がかかる構造になっていると考えられる。
(第2章第2節より引用)
ではこの平均寿命はどのように算出されたのだろうか。引用文によれば、過去5年間に国内で除却された(取り壊された)住宅の棟数を平均した値を平均寿命として求め、各国の比較を行っているようだ。参考資料が明記されていないので検証できないが、この算出方法の一番の問題点は「寿命と平均寿命の違い」(2月6日エントリー)で既に述べているように、取り壊された建物だけを対象としていることである。そのため26年という年数は平均寿命の実状に比べて短いと考えられる。※1
そこで一般的には、住宅ストック数(存在する住宅棟数)を住宅フロー数(新築された住宅棟数)で割った値を平均寿命として求め、各国の比較を行う方法がよく用いられる。この手法の基本的な概念を式で表すと次のようになる。
平均寿命=ストック数(現存数)/フロー数(増加数)
この式から求められる年数を一般的にサイクル年数と言う。ストック数とフロー数が安定しているという前提であれば、サイクル年数はあるストックが現状のフローによって何年程度で入れ替わるかを予測する目安となる。つまり住宅を建設するのは寿命が終わった住宅を壊した場合のみという前提であれば、このサイクル年数はほぼ平均寿命とみなすことが可能である。しかし日本の住宅ストック数は今でも伸び続け、かつ住宅フロー数は景気の変動にかなり影響されている現状を考慮すると、このサイクル年数を平均寿命とはみなし難い。ただし簡単に求めることが可能であり、かつ国際比較も容易であるため、その結果は平均寿命の概算だと割り切れば有効な手法である。
この住宅のサイクル年数で有名なのは、同じく1996年に発表された「日本30年(1993)、イギリス141年(1991)、アメリカ103年(1991)、フランス86年(1990)、ドイツ79年(1987)」という報告(文献2:現在確認中)である。この他国と比較にならないほど日本のサイクル年数が短い結果を見ても、日本の住宅の平均寿命は欧米諸国に比べて短い傾向にあるのは間違いない。この報告の出典は建設白書だという文献をよく見るが、それも26年にほど近い30年という年数の短さが人々に強い印象を与えているからだろう。ちなみに、1993年の住宅統計調査(現在:住宅・土地統計調査)によると、住宅ストック戸数は4587万8800戸、住宅着工戸数は148万5684戸なので、当時のサイクル年数は30.9年と算出される。
以後、日本の住宅の寿命は欧米に比べて短く30年以下である、という認識が一般的になる。確かに建設後30年程度経過した住宅では、汚れが目立ち、見た目も古くなり、そして雨漏りなどの不具合が生じている住宅が多い。そして実際に建設後30年程度の住宅が取り壊されているのをよく見ることからも、この年数は一般的な感覚と比べても妥当な年数だと考えられている。そのため既に10年以上前の資料にもかかわらず、今でも日本の住宅の寿命としてこの26年もしくは30年という年数を用いて論議されることが多い。
一方で日本の住宅の寿命が30年以下というのは、あまりにも短すぎるという論議が活発に行われるようになった。特にそれまで軽視される傾向があった維持管理やリフォームなどが見直されることになる。また日本と欧米諸国の平均寿命の大きな差が着目され、欧米諸国に比べて日本の住宅は質が低いのではという疑問に始まり、木造だからRC(鉄筋コンクリート)造やレンガ造に比べて寿命が短い、いや昔から日本の住宅の寿命は短くて当然だった、などという話をよく耳にするようになった。
確かに住宅が建設後30年程度で壊される現状を考慮すると、日本の住宅に解決すべき問題が多いのは事実である。しかし今日までの研究結果から、私たちは日本の住宅の平均寿命は30年よりも長いと考えている。そして実はあまり知られていない日本の住宅の実態を、寿命を通して今後明らかにしていきたい。
※1 国土交通省の資料(文献3)では、その後の資料から30年という結果が出ている。ちなみにこの資料では、「新築住宅の平均寿命(最近新築された住宅があと何年使われるかの推計値)とは異なる。」と明記されている。
<参考文献>
1.「平成8年度建設白書概要」国土交通省(当時:建設省)/1996 http://www.mlit.go.jp/hakusyo/kensetu/h8/h8index1.html
2.「我が国の住宅政策と今後の住宅市場」投資月報/日興リサーチセンター/1996
3.「国土交通省社会資本整備審議会住宅宅地分科会(第14回、2008)参考資料4」国土交通省HP http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/singi/syakaishihon/bunkakai/14bunkakai/14b