建物の寿命が話題となる最大の理由は、日本の住宅が短期間で壊されている現状を踏まえると、今後は住宅の長寿命化が不可欠であるという前提があるからだろう。しかし、それではなぜ建物の長寿命化が必要なのだろうか。
近年、建物の寿命の話題は環境問題と共に議論されることが多い。地球環境の深刻な状況は、今や程度の差はあれ誰もが把握している世界的な問題である。特に石油や石炭など化石燃料の燃焼から排出される二酸化炭素(CO2)を始めとした温室効果ガスについては、世界各国でその抑制と削減に向けた対策・政策がとられている。建設業界でも1997年の京都議定書※1が採択された頃から、温室効果ガスの削減に向けた省エネルギー・省資源化が本格的に議論されるようになった。もちろん建物を今まで以上に長く使用すれば、取り壊しや新築の際に使用するエネルギーや資源を抑えることになり、省エネルギー・省資源化ばかりか産業廃棄物そして温室効果ガスの削減に繋がる。つまり現状の環境問題を解決する一つの手段として、建物の長寿命化が再確認されることになった。そして近年の環境問題に対する危機感から、建物の寿命が注目されることになったのは間違いないだろう。
しかしここでは環境問題の視点以外から、建物の長寿命化はなぜ必要なのか、という問いに3つの側面から答えたい。
まずは建物の使用者の経済的な側面である。建物を長期間使うことで、不必要なエネルギーや資源を抑制できれば、そこで必要となる費用も抑制することが可能である。実は建物の長寿命化が近年再評価されたきっかけは、いわゆるバブル景気が崩壊した1990年以後の低迷した社会状況であり、その後の環境問題の盛り上がりに繋がったとも考えられる。これまでの公共施設や住宅に対する政策を見ても建設産業は景気を牽引する中心的な産業であったが、これからは建設産業に対する必要以上の投資は公共・民間とも経済的・戦略的に厳しくなると考えられる。もちろん住宅を始めとする個人資産も同様の傾向が見られ、投資物件の長寿命化による費用対効果の向上が求められる。
つぎに良質な社会基盤の構築という側面である。建物は所有者だけの資産ではなく、その地域を構成する社会的な資産であるため、良質な建物が存在するということは地域全体の社会価値が高まることに繋がる。もちろん建物の長寿命化とは良質の建物を建設するだけではなく、良質の建物を維持することを忘れてはならない。維持管理費の高騰を理由に数多くの歴史ある重要な建物が壊されれているが、その建物の社会的な資産価値以上の建物が新築されることは希である。建物の長寿命化は所有者だけの課題ではなく地域住民の課題でもあるので、建物の長寿命化には地域的な活動も必要となる。
さらに建物は文化継承を担う重要な碑(いしぶみ)という側面である。古来から人々の生活や社会の基盤である建物を通じて多くの文化が生まれ、その地域や国の文化に繋がっていく。そして人々はその生活や社会そして文化を守り続けるため、建物を建設し長い歴史を紡いできた。文化は決して神社や教会といった特殊な建物だけから誕生・継承するのではない。どんなに小さな住宅や倉庫からでも文化は生まれ、伝えられていく。しかしその建物が壊されてしまうと、その建物の生活や社会の記憶と共にそこに存在していた文化の大部分は忘れ去られてしまうのである。
※1 1997年12月に京都で開催された気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3、京都会議)で、先進国及び市場経済移行国の温室効果ガス排出の削減目的を定めた京都議定書が採択された。
<参考文献>
1.「気候温暖化への建築分野での対応(会長声明)」日本建築学会/1997 http://www.aij.or.jp/jpn/archives/971202.htm